日本の公的医療保険は「国内に住所があること」を前提にした制度が多く、海外に住所を移すと国民健康保険などの資格を失います。一方、日本の会社に籍を残して海外赴任する人や、短期間だけ海外に滞在する人は、日本の保険に加入したまま海外療養費を使える場合があります。このガイドでは、出国前から帰国後まで、自分がどの保険に入っていて、現地の医療費をどう備えるかを確認できるように整理します。
国民健康保険:海外転出で資格を失う日と保険料・資格確認書の扱い
国民健康保険法では、都道府県の区域内に住所を有する人が国民健康保険の被保険者となり(会社の健康保険の加入者や被扶養者などを除く)、住所を有しなくなった日の翌日に資格を失うと定められています。海外転出届を出して転出予定日を迎えると、その翌日が資格喪失日になります。
届出の方法は市区町村によって異なります。大阪市は、転出届を済ませていれば国民健康保険への届出は不要で、資格確認書の返却が必要と案内しています。横浜市は、先に住民登録の転出手続きをしてから区役所の保険係で資格喪失の手続きをするよう案内し、加入者全員が転出する場合は届出のときに保険料を精算するとしています。自分の市区町村の案内を確認してください。
国民健康保険料は月割で計算され、年度の途中で資格を失った場合は、資格を失った月の前月分までが対象になります(川崎市の例では、9月中旬に脱退すると4月から8月までの5か月分)。資格喪失日は転出日の翌日なので、月末日に転出すると資格喪失日は翌月1日となり、転出した月の分まで保険料がかかります。払い過ぎがあれば後日還付されます。
従来の健康保険証は2024年12月2日以降新たに発行されなくなり、有効期限も2025年12月1日で終了しました。現在は、マイナ保険証(健康保険証の利用登録をしたマイナンバーカード)を使うか、マイナ保険証を持たない人に交付される資格確認書を医療機関に示す仕組みです。資格確認書を持っている人は、海外転出の際に市区町村に返却します。マイナンバーカード自体は保険証として返すものではありませんが、資格を失った後はそのカードで国民健康保険の保険診療を受けることはできません(マイナンバーカードを国外で使い続ける手続きは、健康保険とは別に市区町村で行います)。
資格を失った後に、届出をせずに国民健康保険で受診すると、市区町村が負担した医療費の返還を求められます。また、港区は、海外滞在が短く転出届を出さない場合は国民健康保険の資格と保険料が続くと案内する一方、大阪市は、転出届を出さずに出国しても1年以上海外に住んだ場合はその間の資格を失うとしています。住民票を残したまま長く海外にいると、後から資格がなかったと扱われるおそれがある点に注意してください。
会社員の海外赴任:健康保険が続く場合と家族の国内居住要件
日本年金機構は、健康保険と厚生年金保険は、適用事業所に勤務する限り、国内の住所の有無を問わず加入すると説明しています。日本の会社との雇用関係が続いたまま海外で勤務し、出向元から給与の一部または全部が支払われている場合は、原則として健康保険・厚生年金保険の加入が続きます。日本の会社を退職して現地の会社に転職する場合は、退職によって会社の健康保険の資格を失います。
介護保険は国内に住所がある人だけが加入する制度です。40歳から64歳の人が海外赴任で住所を海外に移すときは、勤務先を通じて「介護保険適用除外等該当届」を出し、帰国して国内に住所を移したときは非該当の届出をします。
健康保険の加入が続いていても、海外の医療機関では日本の保険の資格確認はできないため、現地でいったん医療費を全額支払い、後から海外療養費を申請するのが基本です(後述)。勤務先が独自に海外の医療保険や支払いの仕組みを用意している場合もあるので、赴任前に人事部門に確認してください。
家族を会社の健康保険の被扶養者にするには、2020年4月1日から、生計維持の要件に加えて日本国内に住所(住民票)があることが必要になりました(国民年金第3号被保険者も同じです)。ただし、下に挙げる「海外特例要件」に当たる人は、届出と証明書類(ビザ、赴任辞令、学生証など)の添付により、海外に住んでいても被扶養者として認められます。
海外に住む家族にも収入要件は適用されます。日本年金機構の案内では、年間収入130万円未満(60歳以上または一定の障害がある人は180万円未満)で、海外で同居する場合は被保険者の年間収入の2分の1未満、別居の場合は被保険者からの仕送り額未満であることなどを書類で確認するとしています。被扶養者として認められた家族が海外で受診した場合も、海外療養費の対象になります。
- 外国に留学する学生
- 外国に赴任する被保険者に同行する家族
- 観光、保養、ボランティア活動など就労以外の目的で一時的に海外に渡航する人
- 被保険者が海外赴任中に、現地での結婚や出生などで身分関係が生じた人(同行家族と同等と認められる場合)
- その他、渡航目的などから日本国内に生活の基礎があると認められる人(個別に判断)
退職後の任意継続被保険者:海外に住んでも続けられるか
会社を退職すると、退職日の翌日に会社の健康保険の資格を失います。退職日まで継続して2か月以上被保険者だった人は、退職日の翌日から20日以内に申し出れば、最長2年間、任意継続被保険者として同じ健康保険に加入し続けられます。協会けんぽの場合、保険料は会社負担分がなくなるため原則として在職中の2倍で、標準報酬月額32万円を上限として計算されます(40歳から64歳は介護保険料を含みます)。
協会けんぽが案内している資格喪失の事由は、2年の期間満了のほか、就職してほかの健康保険に加入したとき、保険料を納付期限までに納めなかったとき、後期高齢者医療の被保険者になったとき、本人が脱退を申し出たとき、死亡したときです。海外に住所を移すことは、この事由には挙げられていません。海外転出後は国民健康保険には加入できないため、任意継続は、移住後も日本の公的医療保険に入り続けるための選択肢の一つになります。
ただし、海外から利用する場合は実務上の注意点があります。保険料を納付期限までに納めないと資格を失うため、国内の口座からの口座振替や前納(協会けんぽでは前納すると保険料が割り引かれます)を検討してください。書類は日本国内の住所に送られるため、親族宅など国内で郵便を受け取れる連絡先が必要です。また、家族を被扶養者にするには国内居住要件を満たす必要があり、移住に同行する家族が海外特例要件に当たるかは個別に判断されます。
保険料は2年分を合計するとまとまった額になります。移住先で公的保険に加入できるか、民間保険でどこまで備えられるかと比べたうえで判断してください。海外居住中の扱いや保険料の納め方、海外療養費の受け取り方は、加入する協会けんぽの都道府県支部または健康保険組合に事前に確認しておくと安心です。
海外療養費:支給の基準・対象外の治療・申請期限
海外療養費は、日本の公的医療保険に加入している人(被扶養者を含む)が、海外旅行中や海外赴任中に急な病気やけがで、やむを得ず現地の医療機関で受診したときに、申請により医療費の一部が払い戻される制度です。会社の健康保険だけでなく、国民健康保険にも同様の制度があります。
支給額は、同じ病気やけがを日本国内の医療機関で治療した場合の費用を基準に計算し、実際に海外で支払った額のほうが少なければその額を基準にします。そこから自己負担相当額を差し引いた額が支給されます。外貨で支払った医療費は、支給決定日の外国為替換算率(売レート)で円に換算されます。医療費が高い国では、支給額が実際の支払額を大きく下回ることがあります。
対象になるのは、日本国内で保険診療として認められている医療行為に限られます。美容整形やインプラントなど日本で保険が適用されない治療や薬、治療を目的に海外に渡航して受けた診療、日本で実施できない治療は対象外です。
申請できるのは、海外で医療費を支払った日の翌日から2年以内です。協会けんぽの場合、主な提出書類は、海外療養費支給申請書、医師が記入する診療内容明細書(医科は様式A、歯科は様式C)、医療機関が記入する領収明細書(様式B)、領収書の原本、外国語で書かれた書類の日本語訳(翻訳者の署名・住所・電話番号を記載)、パスポートの写しなど渡航期間がわかる書類、医療機関へ照会することへの同意書です。様式は英語、韓国語、中国語、スペイン語、ポルトガル語などの版が用意されているので、受診時に医療機関に記入を頼んでおくとスムーズです。
協会けんぽの海外療養費は神奈川支部の海外療養費グループで一括して受け付けています(ほかの支部に出しても回送されます)。電子申請は海外からは利用できません。支給金を海外の口座に直接送金することはできず、事業主または日本に住む家族に受け取りを委任します。審査には通常数か月かかります。国民健康保険の場合は、加入している市区町村の窓口が申請先です。
社会保障協定と医療保険:対象になる国は一部だけ
社会保障協定は、日本と相手国の制度に二重に加入して保険料を二重に負担することを防ぎ、年金の加入期間を通算するための取り決めです。協定がある国で働く場合は、原則として働いている国の制度にだけ加入します。事業主から5年を超えない見込みで相手国に派遣される人は例外として、日本の制度にだけ加入し、相手国の制度への加入が免除されます。この考え方は自営業者にも当てはまります。
協定の対象となる制度は国ごとに違い、多くの協定は日本側では年金(一部は雇用保険も)だけを対象にしています。日本年金機構の一覧(2025年10月更新)では、日本側の医療保険も対象になっているのは、アメリカ、ベルギー、フランス、オランダ、チェコ、スイス、ハンガリー、ルクセンブルク、オーストリアの9か国です。これ以外の協定国(ドイツ、英国、韓国、カナダ、オーストラリア、中国など)では、医療保険は協定の対象外で、それぞれの国の法律に従って加入が決まります。オーストリアとの協定では、派遣や居住の状況により両国の医療保険に加入する場合があるとされています。
協定により日本の健康保険にだけ加入する場合も、現地の医療機関では日本の保険は直接使えないため、受診したときは立て替えて海外療養費を申請することになります。協定の対象や手続き(適用証明書の申請など)は、日本年金機構の国別ページで確認してください。
現地の医療保険の選び方:公的保険・海外旅行保険・国際医療保険
移住先によっては、住民や就労者が現地の公的医療保険に加入できる、または加入が義務になっている国があります。一方で、在留資格の種類によっては公的保険に入れない国や、公的保険があっても待ち時間や自己負担が大きい国もあります。外務省は、滞在国の社会保障制度では十分な保障が受けられないこともあるとして、万が一に備えた保険への加入を勧めています。各国の医療事情は外務省の「世界の医療事情」で確認できます。
日本の損害保険会社の海外旅行保険には、長期滞在向けのプランもあります。外務省は、健康上の問題があると加入できない保険や、短期間の旅行しか対象にならない保険があるため、渡航前に自分が継続的に加入できる保険かを必ず確認するよう呼びかけています。クレジットカードに付帯する海外旅行傷害保険は、限度額や条件がカードによって異なります。
長期の海外生活向けには、現地の民間医療保険や、複数の国で使える国際医療保険もあります。どの保険を選ぶ場合も、補償の上限額、自己負担額(免責金額)、持病や既往症の扱い、年齢による加入や更新の制限、キャッシュレスで受診できる医療機関の範囲、緊急移送や日本への帰国費用の補償、一時帰国中に日本で受診した場合の扱いなどを比べてください。
国によっては、ビザ(査証)の申請や更新の条件として、民間の医療保険への加入や一定以上の補償額を求めることがあります。条件は国やビザの種類によって異なり変更もあるため、申請先の大使館や移民当局の最新の案内で確認してください。日本の海外療養費は日本国内の基準でしか払い戻されないため、それだけを頼りにするのは避けたほうが安全です。
一時帰国と本帰国:国保に入れる場合・入れない場合と後期高齢者医療
国民健康保険は国内に住所がある人の制度なので、住民票を海外に移したまま一時帰国している間は加入できません。日本の会社の健康保険や任意継続に加入していない人は、一時帰国中に日本で受診すると医療費は全額自己負担になります。古河市は、住民登録(転入届)はおおむね1年以上国内に住む場合に行うもので、短期間の滞在では転入届は受け付けられないと案内しています。また、住民登録をして国民健康保険に加入した後すぐに再出国した場合は、資格を取得日にさかのぼって取り消し、保険で負担した医療費の返還を求めることがあるとしています。一時帰国中の受診は、海外旅行保険や加入している海外の保険の補償範囲を確認しておきましょう。
本帰国などで実際に国内に住所を移し、住民票を戻した場合は、会社の健康保険などに加入しない限り国民健康保険に加入しなければなりません。資格は届出の日ではなく、国内に住所を持った日(転入した日)から発生し、届出は原則14日以内です。届出が遅れると、保険料は資格を取得した時点までさかのぼってかかり(大阪市は最長2年分と案内)、名古屋市のように、期限を過ぎた場合は原則として届出の日からしか保険給付がされないとする市区町村もあります。20歳以上60歳未満の人は、国民年金の手続きも同時に必要です。
マイナ保険証の利用登録をしたマイナンバーカードは、加入する保険が変わっても再登録は不要ですが、新しい保険への加入の届出は従来どおり必要です。届出後、マイナ保険証の人には「資格情報のお知らせ」が、持たない人には資格確認書が交付されます。
75歳以上の人は、国民健康保険ではなく後期高齢者医療制度の被保険者になります。高齢者の医療の確保に関する法律では、75歳以上の人が後期高齢者医療広域連合の区域内に住所を持った日に資格を取得し、区域内に住所を有しなくなった日の翌日に資格を失うと定めています。海外転出時は資格を失い、帰国して転入した日から再び加入することになるので、転入の際に市区町村の後期高齢者医療の窓口で手続きを確認してください。海外赴任から帰国した会社員で40歳から64歳の人は、介護保険の非該当の届出も忘れずに行います。
出国前から帰国後までのチェックリスト
健康保険の手続きは、移住の形(退職して移住、海外赴任、留学、短期滞在)や家族構成によって異なります。該当するものを選んで確認してください。
この記事は公的機関の案内をもとにした一般的な情報であり、個別の判断を示すものではありません。資格の有無や保険料、給付の可否は、住んでいる市区町村、加入している協会けんぽ・健康保険組合、勤務先、日本年金機構に必ず確認してください。
- 【出国前】自分と家族が出国後にどの保険に入るか(国保の資格喪失、会社の健康保険の継続、任意継続、現地の保険)を整理する
- 【出国前】国民健康保険の加入者は、海外転出届の際に資格喪失の手続きと保険料の精算方法を確認し、資格確認書を持っていれば返却する
- 【出国前】海外赴任する会社員は、健康保険の継続、介護保険適用除外の届出、同行家族の被扶養者の届出(海外特例要件)を勤務先に確認する
- 【出国前・退職する人】任意継続にするかを退職日の翌日から20日以内に決め、保険料の納付方法(口座振替・前納)と国内の連絡先を決める
- 【出国前】協会けんぽまたは健康保険組合から海外療養費の申請書と診療内容明細書・領収明細書の様式を入手しておく
- 【出国前】移住先の公的医療保険の加入条件、ビザに必要な保険の条件、社会保障協定の対象かを確認する
- 【出国前】民間の医療保険を比較し、補償上限、既往症、年齢制限、緊急移送、一時帰国中の補償を確認して加入する
- 【現地で受診したとき】日本の保険に加入している人は、医療機関に様式A(歯科は様式C)と様式Bの記入を依頼し、領収書の原本を保管する
- 【受診後2年以内】海外療養費を申請する(日本語訳を添付し、受け取りは事業主または日本在住の家族に委任)
- 【一時帰国の前】住民票がない間は国保に入れないことを踏まえ、加入中の保険の日本での補償を確認する
- 【本帰国したとき】転入日から14日以内に国民健康保険(75歳以上は後期高齢者医療)と国民年金の手続きをし、会社員は介護保険の非該当届を出す
よくある質問
Q. 海外に引っ越した月の国民健康保険料はかかりますか。
A. 国民健康保険料は月割で、資格を失った月の前月分までかかります。資格喪失日は転出日の翌日なので、月の途中で転出すればその月の保険料はかかりませんが、月末日に転出すると資格喪失日が翌月1日となり、転出した月の分までかかります。精算や還付の方法は市区町村に確認してください。
Q. 海外移住後も、日本の健康保険に入り続ける方法はありますか。
A. 日本の会社に籍を残して海外赴任する場合は、原則として会社の健康保険が続きます。退職して移住する場合は、退職前に2か月以上続けて加入していれば、退職日の翌日から20日以内の申出で最長2年間の任意継続ができます。協会けんぽの資格喪失事由に海外転居は含まれていませんが、保険料の納付期限を過ぎると資格を失うため、納付方法を必ず確保してください。国民健康保険は、海外に住所を移すと加入できません。
Q. 海外療養費では、現地で払った医療費が全額戻ってきますか。
A. 全額は戻りません。同じ治療を日本で受けた場合の費用(実際の支払額のほうが少なければその額)を基準に、自己負担相当額を差し引いた額が支給されます。日本で保険が適用されない治療や、治療目的の渡航は対象外です。医療費の高い国では支給額が支払額を大きく下回ることがあるため、民間保険での備えも検討してください。
Q. 一時帰国の間だけ住民票を戻して、国民健康保険で治療を受けられますか。
A. 住民登録は国内に生活の拠点を移す場合に行うもので、短期間の滞在では転入届を受け付けないと案内している市区町村があります。住民登録して国民健康保険に加入した後すぐに再出国すると、資格を取得日にさかのぼって取り消され、保険で負担した医療費の返還を求められることがあります。一時帰国中の医療は、加入している海外旅行保険や国際医療保険の補償内容を確認して備えてください。
Q. 海外赴任に家族を連れて行く場合、家族は会社の健康保険の扶養に入れますか。
A. 2020年4月から被扶養者には国内居住要件がありますが、海外に赴任する被保険者に同行する家族は例外(海外特例要件)に当たり、届出と赴任辞令などの証明書類を出せば被扶養者として認められます。収入要件は引き続き適用されます。手続きは勤務先を通じて行います。
Q. 社会保障協定がある国に住めば、日本の健康保険を使えますか。
A. 社会保障協定は保険料の二重負担を防ぐための取り決めで、日本側の医療保険も対象になっている協定はアメリカ、ベルギー、フランス、オランダ、チェコ、スイス、ハンガリー、ルクセンブルク、オーストリアの9か国です。協定により日本の制度にだけ加入するのは主に5年以内の一時派遣者で、現地で受診したときは立て替えて海外療養費を申請します。現地で採用されて働く人は、原則として働く国の制度に加入します。
出典
本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、税務・法務の助言ではありません。個別の状況については税理士・税務署・年金事務所・市区町村などに確認してください。