日本の相続税・贈与税は、海外に移住しただけでは課税の範囲が変わらない場合があります。日本国籍の人の場合、亡くなった人と相続人の双方が過去10年以内に日本に住所を持っていなければ国外財産は課税の対象外になりますが、どちらか一方でも10年以内に日本に住所があれば、原則として国外の財産も含めて課税されます。このガイドでは、相続税法と国税庁の案内に沿って、納税義務者の区分、外国籍の人の扱い、二重課税の調整、海外に住む相続人の手続を整理します。
いわゆる「10年ルール」とは
相続税・贈与税では、財産を取得した人(相続人・受遺者・受贈者)がどの区分の納税義務者に当たるかによって、課税される財産の範囲が「国内・国外のすべての財産」か「日本国内にある財産だけ」かに分かれます。この区分は、財産を取得した時の取得者の住所と日本国籍の有無、亡くなった人(被相続人)や贈与者の住所・国籍・在留資格などの組合せで決まります(相続税法第1条の3、第1条の4)。
日本国籍の人について特に重要なのが、相続開始(贈与)前10年以内に日本国内に住所があったかどうかです。取得者が海外に住んでいても、日本国籍があり、相続開始前10年以内のいずれかの時に日本に住所があったなら、国外財産を含むすべての財産が課税対象です。取得者が10年以上日本に住所を持っていなくても、被相続人(贈与者)の側が日本に住んでいる場合や、日本を離れてから10年以内である場合は、やはりすべての財産が課税対象になります。
つまり、日本国籍の家族が国外財産を日本の相続税の対象から外すには、原則として被相続人(贈与者)と相続人(受贈者)の両方が、10年を超えて日本に住所を持っていない必要があります。この期間は以前は5年でしたが、平成29年度税制改正により10年に延長され、平成29年4月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得する財産から適用されています。
なお、どの区分に当たっても、日本国内にある財産(日本の不動産、日本の金融機関の預金、日本法人の株式など)は課税対象です。海外に移住して10年が経っても、日本の相続税・贈与税と無関係になるわけではありません。
納税義務者の区分と課税される財産の範囲
相続税法と相続税法基本通達では、相続税・贈与税の納税義務者を次のように区分しています。贈与税も、被相続人を贈与者、相続人を受贈者、相続開始を贈与と読み替えると、基本的に同じ構造です。
- 居住無制限納税義務者:財産を取得した時に日本国内に住所がある人。ただし一時居住者は、被相続人(贈与者)が外国人被相続人(外国人贈与者)または非居住被相続人(非居住贈与者)である場合は除かれます。国内・国外のすべての財産が課税対象です
- 非居住無制限納税義務者:財産を取得した時に日本国内に住所がない人のうち、(1)日本国籍があり、相続開始前10年以内に日本に住所があったことがある人、(2)日本国籍があり、10年以内に日本に住所がなかったが、被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない人、(3)日本国籍がなく、被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない人。国内・国外のすべての財産が課税対象です
- 居住制限納税義務者:日本国内に住所があるが、居住無制限納税義務者に当たらない人(主に一時居住者)。日本国内にある財産だけが課税対象です
- 非居住制限納税義務者:日本国内に住所がなく、非居住無制限納税義務者に当たらない人。日本国内にある財産だけが課税対象です
- 特定納税義務者:相続や遺贈で財産を取得していないが、被相続人から相続時精算課税の適用を受ける財産を贈与で取得していた人。その相続時精算課税適用財産が相続税の課税対象です
- 「日本国籍を有する個人」には、日本国籍と外国国籍を併せ持つ重国籍者も含まれます(相続税法基本通達1の3・1の4共-7)
日本国籍の人が海外に移住した場合:10年が経つと何が変わるか
被相続人(贈与者)の側から見ると、日本国籍のある人が日本を離れてから10年以内に亡くなった(贈与した)場合は、相続人がどこに住んでいても、また相続人が外国籍であっても、国内・国外のすべての財産が課税対象です。日本を離れて10年を超えると、その人は「非居住被相続人(非居住贈与者)」に当たり、相続人側の状況によっては国内財産だけが課税対象になります。
相続人(受贈者)の側から見ると、日本国籍のある人が海外に住んでいても、日本を離れてから10年以内であれば非居住無制限納税義務者となり、すべての財産が課税対象です。10年を超えた後でも、被相続人が日本に住んでいる(または日本を離れて10年以内である)場合は、すべての財産が課税対象のままです。たとえば、親が日本に住み、子が海外に長く住んでいる場合、子が相続する海外の財産も日本の相続税の対象になります。
国内財産だけが課税対象(非居住制限納税義務者)になるのは、日本国籍の人の場合、被相続人と相続人がともに10年を超えて日本に住所を持っていない場合などに限られます。相続人が日本に住所を持っている場合は、一時居住者に当たる場合を除き、被相続人が10年以上海外に住んでいても、すべての財産が課税対象です。
ここでいう「住所」は各人の生活の本拠をいい、生活の本拠かどうかは客観的事実によって判定されます。住民票の手続と相続税法上の住所の判定は別のものとして考える必要があります。また、日本国籍のある人(または永住者)のうち、国内にいる人の扶養親族として留学している人や、海外勤務の期間がおおむね1年以内と見込まれる人(同居している配偶者など生計を一にする親族を含みます)は、住所が明らかに国外にあると認められる場合を除き、日本を離れていても住所は日本にあるものとして取り扱われます(相続税法基本通達1の3・1の4共-6)。国外出張など一時的に日本を離れているだけの人も同様です。
国外転出時課税(いわゆる出国税)の納税猶予を受けている人が亡くなった場合や贈与をした場合は、その人は相続開始(贈与)前10年以内に日本に住所があったものとみなされます(相続税法第1条の3第2項、第1条の4第2項)。出国税の納税猶予を受けている間は、10年が経過しても国外財産が課税対象から外れない場合がある点に注意してください。
外国籍の人・外国人被相続人の扱い(平成29年・30年・令和3年改正)
外国籍の人については、在留資格と日本での居住期間が判定に関わります。ここでいう在留資格は、出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格(経営・管理、技術・人文知識・国際業務、企業内転勤、留学など)に限られます。永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、定住者は別表第二の在留資格なので、この意味での在留資格には含まれません。
- 一時居住者:相続開始(贈与)の時に別表第一の在留資格を持ち、その前15年以内に日本に住所があった期間の合計が10年以下の人
- 外国人被相続人(外国人贈与者):相続開始(贈与)の時に別表第一の在留資格を持ち、日本に住所があった被相続人(贈与者)
- 非居住被相続人(非居住贈与者):相続開始(贈与)の時に日本に住所がなく、(1)前10年以内に日本に住所があったが、その間ずっと日本国籍がなかった人、または(2)前10年以内に日本に住所がなかった人
- 外国人被相続人から相続した場合、一時居住者である相続人や、国外に住む外国籍の相続人(または10年を超えて日本に住所がない日本国籍の相続人)は、国内財産だけが課税対象です。一方、日本に住所がある一時居住者以外の相続人や、10年以内に日本に住所があった日本国籍の相続人は、すべての財産が課税対象です
- 永住者や日本人の配偶者等の在留資格で日本に住んでいる外国籍の人は、外国人被相続人に当たりません。このため、その人が日本に住所がある状態で亡くなった場合は、日本国籍の人と同様に、相続人の住所・国籍にかかわらずすべての財産が課税対象になります
改正の経緯と、課税範囲の早見表
平成29年度改正(平成29年4月1日以後の取得に適用)では、日本国籍の人の期間要件が5年から10年に延長されるとともに、一時的に日本に滞在する外国人(別表第一の在留資格で、15年以内の国内居住期間が合計10年以下)同士の相続等は国外財産を課税対象から除く仕組みが設けられました。平成30年度改正では、日本に長く住んでいた外国籍の人(出国前15年以内の国内居住期間が合計10年超で、その間ずっと外国籍の人)が出国した後に、国外に住む外国籍の人が相続・贈与で取得する国外財産には課税しないこととされました。あわせて、出国後2年以内の贈与で、贈与者がその期間内に再び日本に住所を持った場合には国外財産にも贈与税を課す規定(短期非居住贈与者に関する規定)が置かれましたが、この規定の対象は平成30年4月1日から令和3年3月31日までの贈与です。
令和3年度改正(令和3年4月1日以後の相続・贈与に適用)では、国外に住む外国籍の人などが、在留資格を持って日本に住む被相続人・贈与者から財産を取得した場合は、国内財産のみを課税対象とすることとされました。現在の条文では、外国人被相続人の定義に日本での居住期間の要件はありません。
現行制度(2026年10月時点の相続税法第1条の3)による相続税の課税範囲を、被相続人の状況ごとにまとめると次のとおりです。贈与税も同じ考え方です。
- 被相続人が日本に住所あり(外国人被相続人を除く。日本国籍の人や永住者など):相続人の住所・国籍にかかわらず、すべての財産が課税対象
- 被相続人が日本国籍で、日本を離れてから10年以内:相続人の住所・国籍にかかわらず、すべての財産が課税対象
- 被相続人が外国人被相続人(別表第一の在留資格で日本に住む外国人):相続人が日本に住所あり(一時居住者を除く)ならすべての財産、相続人が一時居住者なら国内財産のみ、相続人が日本国籍で国外に住み10年以内に日本に住所ありならすべての財産、それ以外の国外に住む相続人は国内財産のみ
- 被相続人が非居住被相続人(死亡時に国外に住所があり、日本を離れて10年超の人、または過去10年以内に日本に住んでいた間ずっと外国籍だった人):相続人の区分は外国人被相続人の場合と同じで、相続人が日本に住所あり(一時居住者を除く)か、日本国籍で10年以内に日本に住所があった場合はすべての財産、それ以外は国内財産のみ
- 国内財産だけが課税される相続人(制限納税義務者)は、未成年者控除・障害者控除を受けられず、債務控除もその財産に係る公租公課や担保債務など一定のものに限られ、葬式費用は控除できません。障害者控除は非居住無制限納税義務者も対象外です(相続税法第13条第2項、第19条の3、第19条の4)
二重課税の調整:外国税額控除と日米相続税条約
相続や遺贈で日本国外にある財産を取得し、その財産について財産の所在地国で日本の相続税に相当する税が課された場合は、その税額を日本の相続税額から控除できます(相続税法第20条の2「在外財産に対する相続税額の控除」)。控除できる額は、外国で課された税額と、日本の相続税額に「国外財産の価額÷課税価格に算入された財産の価額」を掛けた額のいずれか少ない額です。贈与税にも同じ仕組みがあります(相続税法第21条の8)。
財産がどこにあるか(国内財産か国外財産か)は相続税法第10条で決まります。たとえば、預貯金は受け入れた営業所の所在地、株式や社債は発行法人の本店所在地、不動産はその所在地で判定します。海外の証券口座で保有していても、日本法人の株式は国内財産になる点に注意してください。
日本が相続税・贈与税について結んでいる二国間条約は、昭和29年(1954年)に署名され昭和30年(1955年)に発効した日米相続税条約(遺産、相続及び贈与に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約)だけとされています。国内ではその実施のための特例法が現在も施行されています。所得税の租税条約とは別のものなので、米国以外の国との間では、相続税の二重課税は主に国内法の外国税額控除で調整することになります。
日本に住む家族・帰国した人の国外財産調書と財産債務調書
国外財産調書は所得税法上の居住者(非永住者を除く)が対象で、居住者かどうかはその年の12月31日の現況で判定します。財産債務調書は一定以上の所得と財産がある人などが対象です。どちらも、日本に住む家族が海外の財産を相続した場合や、移住先から帰国した場合に関係してきます。
- 国外財産調書:居住者(非永住者を除く)で、12月31日時点の国外財産の価額の合計が5,000万円を超える人は、翌年6月30日までに所轄税務署長に提出します
- 財産債務調書:退職所得を除く所得の合計が2,000万円を超え、かつ12月31日時点で3億円以上の財産または1億円以上の有価証券等を持つ人(確定申告書の提出が必要な人など)と、12月31日時点で10億円以上の財産を持つ居住者が、翌年6月30日までに提出します
- 相続開始年の特例:相続が始まった年の分の調書は、相続・遺贈で取得した財産(国外財産調書では相続国外財産)を記載しないで提出でき、提出義務の判定でもその価額を除外します
- 期限内に提出した国外財産調書に記載がある国外財産について所得税・相続税の申告漏れがあった場合、過少申告加算税等が5パーセント軽減されます。提出がない場合などは5パーセント加重されます(書類の提示等の求めに応じない場合は10パーセント)。正当な理由なく期限までに提出しない場合や偽りの記載をした場合は、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になることがあります
相続人・受贈者が海外にいるときの手続(納税管理人・申告期限・署名証明)
相続税の申告と納税は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に行います(相続税法第27条)。申告が必要なのは、取得した財産の課税価格の合計額が遺産に係る基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合です。被相続人の死亡時の住所が日本国内にある場合、申告書の提出先は被相続人の住所地を所轄する税務署で、相続人の住所地の税務署ではありません。
日本に住所がない相続人・受贈者が申告をする場合は、申告書の提出や納税などを代わりに行う納税管理人を定め、「納税管理人届出書」を納税地の所轄税務署長に提出したうえで申告・納税します(国税通則法第117条)。届出は、納税管理人を定めたとき、または出国の日までに行います。申告期限の10か月の間に、納税管理人の届出をしないまま日本に住所も居所もなくなる場合は、その日(出国の日)が申告期限になります。贈与税の申告期限は贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までで、その年の1月1日から3月15日までの間に納税管理人を届け出ずに出国する場合は出国の日までとなります(相続税法第28条)。
遺産分割協議書などの手続では、日本の住民登録がない海外在住者は印鑑登録証明書を取れないため、在外公館(日本大使館・総領事館)で署名証明(サイン証明)を取得するのが一般的です。署名証明は、申請者の署名(および拇印)が領事の面前でなされたことを証明するもので、本人が在外公館に出向いて領事の面前で署名する必要があり、代理申請や郵送申請はできません。日本から送られてきた書類に署名して綴り合わせる形式と、在外公館の書式による単独の形式があり、どちらが必要かは提出先によるため、法務局や金融機関に事前に確認してください。
不動産の相続登記などで住所を証明する書類が必要な場合は、在外公館で在留証明を取得します。在留証明は、外国に住む日本国籍の人が現地のどこに住所を有しているかを証明するもので、一般に現地に3か月以上滞在し、日本に住民登録がないことが要件です。必要書類や受付方法は公館ごとに異なるため、管轄の在外公館の案内を確認してください。
相続税・贈与税の納税義務者の区分は、住所の判定、国籍、在留資格、過去の居住期間、国外転出時課税との関係などが複雑に絡みます。本ページは制度の一般的な説明で、個別の税務アドバイスではありません。実際の判断や手続は、税理士または所轄の税務署にご相談ください。
よくある質問
Q. 親は日本に住んでいて、私は海外に15年住んでいます。親から相続する海外の財産にも日本の相続税はかかりますか?
A. かかります。被相続人である親が日本に住所を持っている(外国人被相続人に当たらない)場合、相続人がどこに住んでいても、また日本を離れて何年経っていても、国内・国外のすべての財産が相続税の課税対象です。国外財産が課税対象から外れるには、原則として親と子の両方が10年を超えて日本に住所を持っていないことが必要です。
Q. 親子とも海外に移住して10年以上経ちました。日本の相続税はかからなくなりますか?
A. 日本国籍の親子がともに相続開始前10年以内に日本に住所を持っていない場合、相続人は非居住制限納税義務者となり、国外財産は日本の相続税の対象外です。ただし、日本の不動産や日本の金融機関の預金、日本法人の株式など国内財産は引き続き課税対象です。親が国外転出時課税の納税猶予を受けている場合は、10年以内に日本に住所があったものとみなされる点にも注意してください。
Q. 子どもが日本と外国の二重国籍です。外国籍として扱われますか?
A. 相続税法上の「日本国籍を有する個人」には、日本国籍と外国国籍を併せ持つ重国籍者も含まれます(相続税法基本通達1の3・1の4共-7)。このため、10年ルールは日本国籍の人と同じ基準で判定します。
Q. 移住先の国でも相続税がかかりました。日本と二重に払う必要がありますか?
A. 国外にある財産について所在地国で日本の相続税に相当する税が課された場合は、その税額を日本の相続税額から控除できます(相続税法第20条の2)。控除額には、日本の相続税額のうち国外財産に対応する部分という上限があります。日本が相続税について結んでいる条約は日米相続税条約だけとされているため、米国以外の国との間では主にこの外国税額控除で調整します。
Q. 海外に住んでいて印鑑証明がありません。遺産分割協議書にはどう対応すればよいですか?
A. 日本に住民登録がない人は、在外公館で署名証明(サイン証明)を取得して印鑑証明の代わりとするのが一般的です。本人が在外公館に出向き、領事の面前で署名する必要があります。住所の証明が必要な場合は在留証明を取得します。必要な形式や部数は提出先(法務局や金融機関など)によって異なるため、事前に確認してください。
Q. 永住者の在留資格で日本に住む外国籍の配偶者が亡くなった場合、海外の財産も課税されますか?
A. 課税されます。外国人被相続人の判定で使う在留資格は入管法別表第一の在留資格に限られ、永住者や日本人の配偶者等は別表第二の在留資格のため外国人被相続人に当たりません。日本に住所がある状態で亡くなった場合は、相続人の住所・国籍にかかわらず、国内・国外のすべての財産が課税対象になります。
出典
本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、税務・法務の助言ではありません。個別の状況については税理士・税務署・年金事務所・市区町村などに確認してください。