国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持つ人が日本の居住者でなくなるときに、売却していない株式などを売ったものとみなして含み益に所得税を課す制度です。出国前に納税管理人を届け出るかどうかで、申告期限や納税猶予を受けられるかが変わります。航空券代に上乗せされる国際観光旅客税とは別の制度なので、混同しないよう注意してください。
国外転出時課税制度の概要
国外転出時課税は、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日から施行されている制度です。根拠は所得税法第60条の2「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」で、贈与や相続で国外に住む親族等に資産が移る場合は第60条の3「贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例」が適用されます。
ここでいう「国外転出」とは、国内に住所と居所のどちらも持たなくなることをいいます。対象となる人が国外転出をする時点で、持っている有価証券等をその時の価額で譲渡(または未決済の取引を決済)したものとみなし、含み益に所得税(復興特別所得税を含みます)が課税されます。実際に売却して現金が入るわけではないため、納税資金をどう用意するかが実務上の大きな論点になります。
一般に「出国税」と呼ばれる制度には、この国外転出時課税のほかに、出国1回ごとに航空券代などに上乗せされる国際観光旅客税があります。両者はまったく別の税です(違いは後述します)。
対象になる人と対象資産
国外転出をする居住者のうち、次の2つの要件をどちらも満たす人が対象です。
- 国外転出の時に所有等している対象資産の価額の合計額が1億円以上であること
- 原則として、国外転出の日前10年以内に、国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていること
- 対象資産は、有価証券(株式、投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分、未決済の信用取引・発行日取引、未決済のデリバティブ取引です。不動産や預貯金は対象資産として挙げられていません
- 1億円の判定には、含み損のある銘柄、国外の口座で持っている有価証券、NISA口座内の上場株式等のように譲渡益が非課税のものも含めます
- 外貨建ての有価証券は、原則としてTTM(電信売買相場の仲値)で円換算します
- 在留資格のうち出入国管理及び難民認定法別表第一のもの(企業内転勤、経営・管理、留学など)で在留していた期間は、国内に住んでいた期間に含めません(主に外国籍の方に関係する規定です)
- 一定の譲渡制限付株式や、税制適格ストックオプションなど一定の新株予約権を表示する有価証券で国内源泉所得を生ずべきものは、対象資産から除かれます
課税のタイミングと申告の期限
申告の期限と、含み益を計算する基準日は、国外転出の時までに税務署へ「納税管理人の届出」をしているかどうかで変わります。納税管理人は、本人に代わって日本で申告書の提出や納税などの手続を行う人です。
- 国外転出の時までに納税管理人を届け出た場合:国外転出の時の価額で譲渡等があったものとみなし、国外転出をした年分の確定申告期限(原則として翌年3月15日)までに、その年の他の所得と合わせて確定申告・納税をします
- 納税管理人を届け出ずに国外転出する場合:国外転出の時までに、その年の1月1日から国外転出の時までの所得について準確定申告・納税をします。この場合は「国外転出の予定日から起算して3か月前の日」の価額で計算します(例:予定日が7月14日なら4月14日。その日より後に取得したものは取得時の価額)
- 国外転出後に納税管理人を届け出て申告する場合は、国外転出の時の価額で計算しますが、原則として納税猶予は受けられません
- 上場株式等について計算上の譲渡損失が出る場合は、上場株式等に係る譲渡損失の損益通算・繰越控除の特例の対象になります(平成28年分以後)
- 申告をした後に対象資産を売却したときは、国外転出の時等の価額がその資産の取得費になります
納税猶予(原則5年、延長で最長10年)と担保
一定の手続をすれば、国外転出時課税で納めることになった所得税は、国外転出の日から5年間納税を猶予できます。納期限は、納税猶予期間の満了日の翌日以後4か月を経過する日です(つまり国外転出から5年4か月後)。国外転出の日から5年を経過する日までに「納税猶予の期限延長届出書」を出せば、さらに5年延長でき、最長10年(納期限は10年4か月後)になります。
納税猶予を受けるための主な要件は次のとおりです。
- 国外転出の時までに、所轄税務署へ納税管理人の届出をすること
- 確定申告書に納税猶予の特例を受ける旨を書き、対象資産の明細書や納税猶予分の所得税額の計算書を添付すること
- 確定申告期限までに、猶予される所得税額と利子税額に見合う担保を提供すること。担保には、不動産、国債・地方債、税務署長が確実と認める有価証券や保証人の保証、一定の非上場株式(株券不発行会社)、持分会社の持分などがあります
- 猶予期間中は毎年、12月31日時点で持っている対象資産について「継続適用届出書」を翌年3月15日(土日の場合は翌月曜日)までに提出すること。提出しないと、提出期限から4か月を経過する日に猶予税額の全部の納期限が到来します
- 猶予期間中に対象資産を売却・決済・贈与した場合は、その部分に対応する猶予税額を、その日から4か月以内に利子税と合わせて納付します
- 利子税の割合は、年7.3%と各年の利子税特例基準割合のいずれか低い割合です
- 納税管理人を解任して4か月以内に新たな届出をしない場合や、担保価値の減少による増担保の命令に応じない場合などは、猶予の期限が繰り上げられることがあります
帰国したときの取消し・値下がり時の減額・猶予期限後の扱い
国外転出時課税には、課税後の状況に応じて税額を取り消したり減額したりする仕組みがあります。いずれも期限内の更正の請求などが必要で、自動的には適用されません。
- 帰国した場合の取消し:国外転出の日から5年以内(猶予期限を延長している場合は10年以内)に帰国し、帰国の時まで持ち続けている対象資産については、課税を取り消せます。帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告が必要です。納税猶予を受けずに納税した人が5年以内に帰国した場合も対象です
- 5年以内に対象資産を居住者に贈与した場合や、本人が亡くなり対象資産を取得した相続人・受遺者の全員が居住者となった場合も、取消しの対象になります
- 所得計算の基礎となる事実に隠蔽・仮装があった場合、その部分は取り消せません
- 猶予期間中に売却したときの価額が国外転出の時より下がっていた場合:売却の日から4か月以内の更正の請求で、税額を減額できます
- 猶予期間の満了日に、国外転出の時から持ち続けている対象資産の価額が国外転出の時より下がっていた場合:満了日から4か月以内の更正の請求で、税額を減額できます
- 転出先の国でも課税され、その国で二重課税が調整されない場合:外国所得税を納付することとなる日から4か月以内の更正の請求により、外国税額控除を受けられます
- 猶予期間が満了したら、満了日の翌日以後4か月を経過する日までに、猶予されていた所得税と利子税を納付します
- 猶予中に本人が亡くなった場合は、相続人が納付義務を引き継ぎます。非居住者の相続人は、相続開始を知った日の翌日から4か月以内に納税管理人の届出が必要です
贈与・相続で国外の親族に資産が移る場合(所得税法60条の3)
本人が出国しなくても、1億円以上の対象資産を持つ居住者が、国外に住む親族等(非居住者)に対象資産を贈与したり、相続・遺贈で非居住者が対象資産を取得したりする場合も、同様の課税があります。対象者の要件は、贈与の時または相続開始の時に対象資産の合計が1億円以上であること、原則としてその日前10年以内に国内に5年を超えて住んでいたことです。
- 1億円の判定は、贈与・相続した資産だけでなく、贈与者・被相続人がその時に持っていたすべての対象資産の合計で行います
- 贈与の場合:贈与した資産を譲渡したものとみなし、贈与者に所得税が課されます。贈与した年分の確定申告期限までに申告・納税します
- 相続の場合:被相続人が相続開始の時に譲渡したものとみなし、相続人が被相続人の準確定申告(相続開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日まで)で申告・納税します
- いずれも、担保の提供などの手続により5年(延長で最長10年)の納税猶予を受けられます。相続の場合は、対象資産を取得した非居住者の相続人等の全員が、申告期限までに納税管理人を届け出る必要があります
- 贈与・相続の日から5年以内に、受贈者が帰国した場合や、資産を取得した相続人等の全員が居住者となった場合などは、課税の取消しができます
- 限定承認による相続の場合は、この特例ではなく別の規定(所得税法59条)で課税されます
住民税の扱いとよくある間違い
国外転出時課税の対象は所得税(復興特別所得税を含む)です。地方税法第32条第2項・第313条第2項では、個人住民税の所得割の課税標準を計算する際、所得税法第60条の2から第60条の4までの規定の例によらないとされているため、国外転出時課税によるみなし譲渡益は住民税の所得割の計算には含まれません。
よくある間違いは次のとおりです。
- 納税管理人を出国後に届け出てしまい、納税猶予を受けられなくなる(猶予には国外転出の時までの届出が必須です)
- 含み損の銘柄、海外口座の有価証券、NISA口座の資産を1億円の判定から外してしまう
- 国外転出の予定日の3か月前の日を基準にした準確定申告と、翌年3月の確定申告の違いを理解せずに出国してしまう
- 猶予期間中の継続適用届出書(毎年3月15日まで)を出し忘れ、猶予税額の全額が確定してしまう
- 帰国後や値下がり時に、4か月以内の更正の請求を忘れて取消し・減額の機会を逃す
- 航空券に含まれる国際観光旅客税と混同し、自分は対象外だと思い込む
もう一つの「出国税」:国際観光旅客税との違い
国際観光旅客税は、日本から船や飛行機で出国する旅客から出国1回ごとに徴収される国税で、平成31年(2019年)1月7日以降の出国から導入されました。日本人・外国人を問わず、資産額とも関係なく、原則として航空会社や船会社がチケット代金に上乗せする等の方法で徴収します。
税率は出国1回につき1,000円でしたが、令和8年度税制改正で3,000円に引き上げられ、2026年7月1日以降の出国から適用されています。ただし、2026年7月1日より前に締結された一定の運送契約(購入済みの航空券など)による同日以後の出国には、1,000円が適用されます。
2歳未満の人、航空機・船舶の乗員、入国後24時間以内に出国する乗継旅客などは非課税です。海外移住で出国するときに航空券で払うのはこちらの税で、国外転出時課税とは対象者も仕組みもまったく異なります。
本ページは制度の一般的な説明で、個別の税務アドバイスではありません。実際の判断や手続は、税理士または所轄の税務署にご相談ください。
よくある質問
Q. 預金と不動産が合わせて1億円以上ありますが、国外転出時課税の対象になりますか?
A. 対象資産は、有価証券(株式・投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分、未決済の信用取引・発行日取引・デリバティブ取引です。1億円の判定はこれらの対象資産の合計で行い、預貯金や不動産は対象資産に含まれていません。
Q. NISA口座の株式や海外の証券口座の資産も1億円の判定に含めますか?
A. 含めます。国税庁のFAQでは、含み損がある有価証券、国外で所有している有価証券、NISA口座内の上場株式等のように譲渡益が非課税となるものも、1億円の判定に含めるとされています。
Q. 出国した後に納税管理人を届け出ても、納税猶予は受けられますか?
A. 原則として受けられません。納税猶予を受けるには、国外転出の時までに所轄税務署へ納税管理人の届出をし、確定申告期限までに担保を提供する必要があります。出国後に届け出て申告する場合は、国外転出の時の価額で申告しますが、原則として納税猶予の適用はありません。
Q. 数年で日本に戻る予定です。払った税金は戻りますか?
A. 国外転出の日から5年以内(納税猶予の期限延長をしている場合は10年以内)に帰国し、帰国の時まで持ち続けている対象資産については、課税を取り消せます。帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告が必要です。
Q. 国外転出時課税で住民税もかかりますか?
A. 地方税法第32条第2項・第313条第2項により、個人住民税の所得割の計算では所得税法第60条の2から第60条の4までの規定の例によらないとされているため、国外転出時課税によるみなし譲渡益は住民税の所得割の計算に含まれません。
Q. 航空券に含まれている「出国税」とは同じものですか?
A. 別の税です。航空券などに上乗せされるのは国際観光旅客税で、日本から出国する旅客に出国1回ごとにかかります。2026年7月1日以降の出国から1回3,000円(同日より前に締結された一定の運送契約による出国は1,000円)です。国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持つ人の含み益にかかる所得税です。
出典
本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、税務・法務の助言ではありません。個別の状況については税理士・税務署・年金事務所・市区町村などに確認してください。