退職金は、日本の居住者として受け取れば退職所得控除と2分の1課税で税負担が軽くなりますが、海外に移住して非居住者になってから受け取ると、居住者だった期間の勤務に対応する部分に一律20.42%の所得税等が源泉徴収されます。ただし「退職所得の選択課税」を使えば、居住者として受け取ったものとして計算し直し、差額の還付を受けられます。出国前と出国後のどちらで受け取るかで住民税の扱いや手続も変わるため、国税庁の資料と法令に沿って整理します。
居住者が受け取る退職金:退職所得控除と2分の1課税
国税庁のタックスアンサーNo.1420によると、退職所得は退職により勤務先から受ける退職手当などの所得で、確定拠出年金の老齢給付金として支給される一時金なども退職所得とみなされます。退職所得の金額は「(収入金額-退職所得控除額)×2分の1」で計算し、他の所得と分離して課税されます。退職所得控除額は、勤続年数20年以下なら40万円×勤続年数(80万円未満なら80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数-20年)で、勤続年数の1年未満の端数は1年に切り上げます。
役員等としての勤続年数が5年以下の人が受ける「特定役員退職手当等」は2分の1の計算がなく、役員等以外で勤続年数が5年以下の人が受ける「短期退職手当等」は、退職所得控除後の金額のうち300万円を超える部分に2分の1の計算がありません。国税庁のパンフレット「暮らしの税情報」(令和8年度版)の税額表では、課税退職所得金額に応じて5%から45%の税率で所得税を計算し、これに102.1%を掛けた額(復興特別所得税を含む)が源泉徴収されます。
居住者は、支払を受ける時までに「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先(支払者)に提出します。提出すれば支払者が退職所得控除などを反映した税額を源泉徴収するため、原則として確定申告は不要です。提出しないと支払額の20.42%が源泉徴収され、本人が確定申告で精算することになります(国税庁No.2732、手続案内A2-29)。申告書を提出した人でも、その年に医療費控除などを受けるために確定申告をする場合は、退職所得の金額も含めて申告する必要があります。
非居住者が受け取る退職金:20.42%の源泉徴収と国内源泉所得の範囲
非居住者は、日本国内で生じた「国内源泉所得」にだけ日本で課税されます(国税庁No.2878)。退職手当等で国内源泉所得になるのは、受け取る人が居住者であった期間に行った勤務等に基因する部分で、内国法人の役員として非居住者であった期間に行った勤務なども含まれます(所得税法第161条第1項第12号ハ)。国内の会社が非居住者に支払う場合は、この部分に20.42%の税率で源泉徴収し(国税庁No.2884)、原則としてこれで課税関係が終わります(源泉分離課税)。この方式には退職所得控除や2分の1の計算はありません。
勤務期間に居住者期間と非居住者期間(海外赴任など)の両方がある場合、国内源泉所得の金額は所得税基本通達161-41により、退職手当等の総額を、その計算の基礎となった勤務期間のうち居住者であった期間の勤務期間などの割合で按分して計算します。国税庁の記載例では、勤続10年(3,650日)のうち居住者期間が2,555日の人が退職手当1,000万円を受け取る場合、国内源泉所得は700万円、源泉徴収税額は1,429,400円とされています。
- 支払が国外で行われても、支払者が国内に事務所等を持っていれば、国内で支払ったものとみなして源泉徴収されます(所得税法第212条第2項、国税庁No.2885)
- 国外の会社からの支払などで源泉徴収されない場合は、翌年3月15日(それまでに国内に居所を有しなくなる場合はその日)までに準確定申告書で申告・納税します(所得税法第172条、国税庁「準確定申告書の説明」)
- 非居住者の間に退職した人が、帰国後に退職給与規程の改訂で差額を受け取った場合も、最初に退職金を受け取るべき日の属する年分の収入とされ、非居住者への退職金の支払として扱われます(国税庁の質疑応答事例)
- 支払者は、非居住者に支払った退職手当等について、「退職所得の源泉徴収票」ではなく「非居住者に支払われる給与、報酬、年金及び賞金の支払調書」を税務署に提出します(国税庁No.7421)
退職所得の選択課税(所得税法171条)で還付を受ける
非居住者は、20.42%の源泉分離課税の代わりに、その年中に支払を受ける退職手当等の総額を居住者として受けたものとみなし、退職所得控除や2分の1の計算、累進税率を当てはめた税額で課税されることを選べます(所得税法第171条)。これを「退職所得の選択課税」といい、源泉徴収された税額の方が多ければ、申告書を出すことで差額が還付されます(同法第173条)。計算に使うのは国内源泉所得の部分だけでなく、非居住者期間に対応する部分を含めた退職手当等の総額です。
国税庁の記載例(出国後に受け取った退職金)では、退職手当1,000万円・勤続10年の場合、退職所得控除額400万円を差し引いた残りの2分の1の300万円が退職所得金額となり、所得税202,500円と復興特別所得税4,252円の合計206,752円が税額になります。源泉徴収された1,429,400円との差額1,222,648円が還付される計算です。選択課税では、医療費控除や基礎控除などの所得控除は適用されません。
- 提出時期:退職手当等を受け取った年の翌年1月1日(それより前に退職手当等の総額が確定した場合はその確定した日)以後に提出します(所得税法第173条)
- 様式:確定申告書(第一表・第二表・第三表)の上部に「退職所得の選択課税」と書き、「所得税及び復興特別所得税」の文字に取消し線を引いて使います(国税庁の記載例)
- 提出先:納税地を所轄する税務署です。国内に住所も居所もなくなった人は、原則として、そうなる直前に納税地であった場所(出国直前の住所地など)が納税地になります(所得税法施行令第54条第1号)
- 期限:選択課税の申告書には法定申告期限の定めがありませんが、還付金の請求権は、請求できる日から5年間行使しないと時効で消滅します(国税通則法第74条)
- 納税管理人:書類の受取りや還付金の受取りなど、国内で国税の手続をする必要がある非居住者は、納税管理人を定めて「所得税・消費税の納税管理人の選任・解任届出書」を納税地の所轄税務署長に提出します(国税庁No.1923)。国税庁の記載例では、納税管理人の住所・氏名と、還付金の受取口座として納税管理人の口座が記入されています
- 後から企業年金の一時金などを受け取った場合:東京国税局の文書回答(平成26年11月)では、最初の退職金と同じ年分として計算し直すことになり、選択課税の申告書を提出した日から5年以内に限り更正の請求ができるとされています
出国前に受け取るか、出国後に受け取るか
退職金の源泉徴収は、支払の際に受け取る人が居住者か非居住者かで根拠条文が分かれます。居住者への支払は所得税法第199条、非居住者への国内源泉所得の支払は同法第212条に基づいて源泉徴収されます。選択課税をすれば所得税額は居住者と同じ計算方法になりますが、手取りの時期や住民税、手続の手間が異なります。退職日・出国日・支払日が近い人は、どちらとして扱われるかを勤務先に確認してください。出国後に受け取る場合は、選択課税で還付を受けるまでの間、源泉徴収された税額を立て替えている状態になる点にも注意が必要です。
- 出国前(居住者)に受け取る:「退職所得の受給に関する申告書」を出せば、退職所得控除と2分の1課税を反映した源泉徴収で原則として課税が完結します。住民税も支払時に差し引かれます
- 出国後(非居住者)に受け取る:まず国内源泉所得の部分に20.42%が源泉徴収されるため、受取時の手取りは大きく減ります。選択課税の申告書は翌年1月1日以後でないと出せないため、還付まで時間がかかります
- 所得税額:選択課税を使えば、退職手当等の総額と全勤続年数を基に、居住者と同じ方法で計算した税額になります。選択課税をしなければ20.42%のままです
- 住民税:出国前に受け取ると原則として退職所得の住民税(10%)が差し引かれます。出国後に非居住者として受け取る場合の扱いは次の節を参照してください
- 手続:出国後の受取りでは、選択課税の申告書の作成と提出、納税管理人の選任、還付金の受取口座の手配が必要になります
- 同じ年に出国する人は、退職までの給与について年末調整または出国時の準確定申告で所得税を精算する必要があるかも確認してください(国税庁No.1920)
住民税:1月1日の住所と退職所得の分離課税(現年課税)
退職所得に対する住民税は、他の所得と分けて、退職手当等の支払の際に支払者が税額を計算して差し引く「分離課税に係る所得割」です。ふつうの住民税が前年の所得に対して課税されるのに対し、退職所得は受け取った年に課税されます(現年課税)。課税するのは、退職手当等の支払を受けるべき日(通常は退職日)の属する年の1月1日現在の住所地の市町村・道府県で、税率は市町村民税6%・道府県民税4%、所得控除はありません(地方税法第328条以下、広島市・世田谷区の案内)。
広島市の案内では、退職手当等の支払を受けるべき日の属する年の1月1日現在に国内に住所がない人には、この分離課税は課されないとされています。また地方税法第50条の2と第328条は、分離課税の対象を「所得税法第199条の規定によりその所得税を徴収して納付すべきもの」、つまり居住者に支払う退職手当等に限っています。このため、1月1日に国内に住所があっても、出国後に非居住者として受け取る退職手当等は、条文上は分離課税の対象にならないと読めます(自治体の公式案内での明記は未確認)。受け取る前に、勤務先と1月1日の住所地の市区町村に確認してください。
企業年金・確定拠出年金(iDeCo)の一時金
国税庁No.2725によると、確定給付企業年金から加入者の退職により支払われる一時金(本人が負担した掛金がある場合はその分を除いた額)や、企業型DC・iDeCoの老齢給付金として支給される一時金は「退職手当等とみなす一時金」です。非居住者が受け取る場合も、居住者期間の勤務等に基因する部分は国内源泉所得として20.42%の源泉徴収の対象になり、選択課税も使えます。年金形式で受け取る場合は公的年金等として扱われ、非居住者には年金額から月5万円(65歳以上は月9万5千円)×月数を差し引いた額に20.42%が源泉徴収されます(国税庁No.2884)。
- 一つの勤務先の退職で、社内退職金と企業年金の一時金を別々の時期に受け取る場合は、最初に支払を受けるべき日の属する年分の収入としてまとめて計算します(所得税法施行令第77条、東京国税局の文書回答)
- 退職金とDCの一時金を近い時期に受け取ると、勤続期間の重複分だけ退職所得控除が調整されます。令和8年1月1日以後に受けるDCの一時金については、前年以前9年内の退職手当等との重複が調整の対象となり、DCの一時金を受ける年に退職金を受ける場合は前年以前19年内に受けたDCの一時金などとの重複が対象になる、と国税庁No.2732で説明されています
- iDeCoの一時金のうち国内源泉所得に当たる部分の計算方法について、国税庁の一般向けの解説は確認できませんでした。受取前に記録関連運営管理機関や税務署に確認してください
- 日本国籍のない人が受け取る厚生年金保険の脱退一時金も退職手当等とみなされ、国内源泉所得として20.42%が源泉徴収されます。国税庁の記載例では、脱退一時金291,478円から源泉徴収された59,519円が、選択課税(退職所得控除80万円)で全額還付される例が示されています
租税条約と「租税条約に関する届出書」
移住先の国と日本の間に租税条約があると、日本の源泉徴収が軽減・免除される場合があります。ただし国税庁の質疑応答事例では、一時金として支払われる退職金と同様に、厚生年金保険の脱退一時金には租税条約の給与所得条項が適用され、原則として役務提供地である日本でも課税されるとされています。一時金で受け取る退職金は、条約があっても日本の課税がなくなるとは限りません。条約の規定は相手国ごとに異なるため、適用される条約の条文と、移住先の国での課税の扱いを確認してください。
企業年金を年金形式で受け取る場合は、条約の年金条項などによって扱いが分かれます。質疑応答事例では、確定給付企業年金の年金について、ドイツの居住者は日独租税協定で日本でも課税できるため源泉徴収が必要、韓国の居住者は日韓租税条約で原則として居住地国でのみ課税されるため源泉徴収は不要(届出が必要)、カナダの居住者は年金条項がなくその他所得条項により源泉徴収が必要とされています。同じ確定給付企業年金でも、移住先の国によって結論が変わる例です。
- 免除を受けるには、「租税条約に関する届出書(退職年金・保険年金等に対する所得税及び復興特別所得税の免除)」を、最初に支払を受ける日の前日までに、支払者を経由して支払者の所轄税務署長に提出します(国税庁の手続案内A3-12)。この手続は所得税法第161条第1項第12号ハの退職手当等も対象としています
- 特典条項のある租税条約の場合は、「特典条項に関する付表(様式17)」と居住者証明書も必要です(国税庁No.2888)
- 届出が間に合わず国内法の税率で源泉徴収された場合は、届出書と「租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書(様式11)」を支払者経由で提出し、差額の還付を請求できます(国税庁No.2889)
- 条約で税率が国内法以下に軽減される場合や免除される場合は、復興特別所得税(令和9年分以後は防衛特別所得税も)は併せて源泉徴収されません(国税庁No.2884)
2027年(令和9年)分からの防衛特別所得税
令和8年度税制改正で防衛特別所得税が創設され、令和9年(2027年)1月1日以後に生ずる所得に対する所得税について、所得税額の1%が課されます。同時に、復興特別所得税の税率は2.1%から1.1%に引き下げられ、課税期間は令和29年(2047年)12月31日まで10年間延長されました(国税庁「防衛特別所得税及び復興特別所得税の源泉徴収のあらまし」、財務省の税制改正パンフレット)。防衛特別所得税は、源泉徴収の際には所得税と併せて徴収され、所得税と併せて納付されます。
合計の税率は2.1%のまま変わらないため、源泉徴収税額の計算方法は変わりません。非居住者の退職手当等に対する税率は引き続き20.42%(所得税20%×102.1%)で、国税庁のQ&Aでは、居住者の「退職所得の源泉徴収税額の速算表」も令和8年分と令和9年分で変更はないとされています。国税庁の各ページでは、令和9年分以後の税を「所得税、防衛特別所得税及び復興特別所得税」と表記しています。本ページは制度の一般的な説明で、個別の税務アドバイスではありません。実際の判断や手続は、税理士または所轄の税務署にご相談ください。
よくある質問
Q. 海外移住後に退職金を受け取ると、20.42%の源泉徴収で税金は終わりですか?
A. 原則として、居住者期間の勤務に対応する部分(国内源泉所得)への20.42%の源泉徴収で課税関係が終わります。ただし所得税法第171条の「退職所得の選択課税」を選べば、退職手当等の総額を居住者として受け取ったものとみなして退職所得控除と2分の1課税で計算し直し、源泉徴収税額との差額の還付を受けられます。
Q. 選択課税の申告書はいつ、どこに提出しますか?
A. 退職手当等を受け取った年の翌年1月1日(それより前に総額が確定した場合はその日)以後に、納税地を所轄する税務署に提出します。国内に住所も居所もない人は、原則として出国直前の納税地が納税地です。様式は確定申告書を使い、「退職所得の選択課税」と記載します。還付金の請求権は5年で時効消滅するため、早めに提出してください。
Q. 海外赴任中に退職しました。退職金の全額に20.42%がかかりますか?
A. 国内源泉所得になるのは、居住者であった期間の勤務等に対応する部分です(内国法人の役員として非居住者期間に行った勤務などを含みます)。所得税基本通達161-41により、退職手当等の総額を勤務期間の割合で按分して計算します。なお選択課税をする場合は、非居住者期間の分も含めた総額を基に計算します。
Q. 出国後に受け取れば、退職金に住民税はかかりませんか?
A. 退職所得の住民税(10%)は、支払を受けるべき日の属する年の1月1日現在の住所地で、支払時に差し引かれます。1月1日に国内に住所がない人には課されません。また地方税法は、この分離課税の対象を居住者に支払われ所得税法第199条で源泉徴収される退職手当等に限っているため、出国後に非居住者として受け取る分は条文上対象外と読めます。自治体の明記は確認できていないので、事前に確認してください。
Q. 移住先との租税条約で、日本での退職金の課税は免除されますか?
A. 一時金の退職金には条約の給与所得条項が適用され、原則として日本でも課税されるというのが国税庁の質疑応答事例の考え方です。企業年金を年金形式で受け取る場合は、条約によって居住地国でのみ課税されることがあり、その場合は最初の支払日の前日までに支払者経由で「租税条約に関する届出書」を提出します。
Q. 2027年からの防衛特別所得税で、退職金の税金は増えますか?
A. 2027年1月1日以後の所得から所得税額の1%の防衛特別所得税が加わりますが、復興特別所得税が2.1%から1.1%に下がるため、合計の税率は変わりません。非居住者への源泉徴収税率は引き続き20.42%で、国税庁によると退職所得の源泉徴収税額の速算表も令和8年分と令和9年分で同じです。
出典
本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、税務・法務の助言ではありません。個別の状況については税理士・税務署・年金事務所・市区町村などに確認してください。