海外に移住すると、同じ所得に日本と移住先の両方が課税しようとする「二重課税」が起こることがあります。日本の居住者であれば外国税額控除で、非居住者であれば租税条約に基づく届出書や還付請求で、二重の負担を減らすのが基本です。どの手続を使うかは、日本の居住者か非居住者か、移住先と日本の間に租税条約があるかで決まります。
二重課税が起きるしくみと、日本の調整方法
日本の所得税法では、非永住者以外の居住者は国の内外で生じたすべての所得に課税され、非居住者は日本国内で生じた「国内源泉所得」だけに課税されます(所得税法7条、国税庁タックスアンサーNo.2878)。一方、多くの国も自国の居住者には全世界の所得に、自国で生じた所得には非居住者にも課税するため、同じ所得に二つの国の税金がかかる場面が生まれます。
国税庁の「源泉徴収のあらまし」は、日本の二重課税の排除措置として、個人については外国税額控除方式を採用していると説明しています。つまり、日本の居住者が外国で課された税金は、一定の限度で日本の所得税から差し引きます。非居住者の側から見ると、日本で源泉徴収される所得について、居住地国との租税条約に基づき日本の税率を下げてもらうのが基本の調整です。
財務省によると、租税条約は二重課税の除去や脱税・租税回避への対応を目的とし、日本はおおむねOECDモデル租税条約に沿った規定を採用しています。日本の租税条約ネットワークは、2026年10月1日現在で91条約等、157か国・地域に適用されています。このうち二重課税の除去を主な内容とする租税条約は78本・81か国・地域で、残りは情報交換協定や税務行政執行共助条約などです(財務省)。
日本の居住者が外国で課税されたとき:外国税額控除と控除限度額
日本の居住者が外国の法令で所得税に相当する税(外国所得税)を納めることになった場合は、控除限度額の範囲で、その外国所得税額をその年分の所得税額から差し引けます(所得税法95条、国税庁タックスアンサーNo.1240)。控除限度額は「その年分の所得税額×その年分の調整国外所得金額÷その年分の所得総額」で計算します。所得税で引ききれない分は、同じ割合で計算した復興特別所得税の控除限度額の範囲で、復興特別所得税額から差し引けます。
考え方としては、日本の税額のうち国外所得に対応する部分までしか差し引けないということです。たとえば所得総額のうち国外所得が2割なら、差し引けるのは日本の所得税額の2割までで、外国の税率が日本より高いと控除しきれない部分が残ります。外国税額控除は所得税法の制度なので、相手国との租税条約がなくても使えます。住民税にも外国税額控除の規定があり(地方税法37条の3、314条の8)、国税庁の説明書では地方税の控除限度額を所得税の控除限度額の30%(道府県民税12%・市町村民税18%、指定都市は6%・24%)としています。外国税額を円に換算するときは、源泉徴収された外国所得税はその配当等の額の換算に使う為替相場、それ以外は納付することが確定した日の対顧客直物電信売買相場の仲値(TTM)によります(国税庁「外国税額控除を受けられる方へ(居住者用)」)。
- 外国所得税に含まれないもの:納付後に任意に還付を請求できる税、納付の猶予期間を任意に決められる税、附帯税に相当する税など(No.1240)
- 控除の対象外:NISA口座内の上場株式等の配当等に課された外国所得税
- 控除の対象外:居住者がその年以前の年に非居住者であった期間内に生じた所得に課された外国所得税(帰国後に、海外に住んでいた時期の所得について外国の税を払っても日本では控除できません)
- 控除の対象外:日本と租税条約を結んでいる国で、条約で認められる税率を超えて課された部分や、条約で免除されるはずの部分(相手国で還付を求めることになります)
控除余裕額・限度超過額の3年繰越しと、確定申告の手続
外国所得税を払う年と、その所得を日本で申告する年がずれることがあるため、控除限度額と外国所得税額の差は前後の年で調整できます。ある年の外国所得税額が控除限度額に満たないときの差額(控除余裕額)と、控除限度額を超えた部分(控除限度超過額)は、それぞれ翌年以後3年間繰り越せます。外国所得税額が限度額を超える年には前3年以内の控除余裕額を使い、限度額に余裕がある年には前3年以内の限度超過額を控除できます(所得税法95条2項・3項、No.1240)。
適用を受けるには、確定申告書(修正申告書・更正請求書を含みます)に「外国税額控除に関する明細書(居住者用)」を添付します。あわせて、外国所得税を課されたことを証する書類、外国の申告書の写しや納付を証する書類(納税証明書、源泉徴収票など)、国外源泉所得の金額の計算明細などが必要です。繰越しを使うときは、繰越しのもとになる最も古い年以後の各年について、控除限度額や外国所得税額を記載した明細書を申告書とともに提出しておく必要があります(No.1240)。外国の申告書や源泉徴収の明細は、帰国・転居で失いやすいので保管しておいてください。
海外移住の年に関係する注意点もあります。国税庁の説明書によると、申告する年分の翌年1月1日に日本国内に住所がない場合、地方税の控除限度額は0になります。また、国外転出時課税(出国税)の対象になった資産を出国後に売却して移住先で課税された場合は、一定の要件のもとで、その外国所得税を出国した年に納付したものとみなして外国税額控除を計算できる制度があります(No.1240)。なお、No.1240は令和8年4月1日現在の法令による説明で、令和9年分から創設される防衛特別所得税との関係は記載されていません。令和9年分以後の計算は、国税庁の新しい案内で確認してください。
非居住者が日本で源泉徴収される所得と「租税条約に関する届出書」
非居住者に日本の国内源泉所得を支払う人は、支払の際に所得税等を源泉徴収します。国税庁タックスアンサーNo.2884によると、税率は利子等15.315%、上場株式等の配当等15.315%(発行済株式等の3%以上を持つ人を除きます)、それ以外の配当等20.42%、不動産の賃貸料等20.42%、給与・報酬・退職手当等20.42%、公的年金等20.42%(年金額から月5万円、65歳以上は月9万5,000円に月数を掛けた額を差し引いた残りに課税)などです。令和9年分以後は所得税・防衛特別所得税・復興特別所得税の合計になりますが、合計税率は変わりません(国税庁)。
居住地国と日本の間に租税条約があれば、この税率が条約の「限度税率」まで下がったり、免除されたりします(租税条約等実施特例法3条の2)。そのためには、「租税条約に関する届出書」を支払者ごとに作り、最初に支払を受ける日の前日までに、支払者を経由して支払者の納税地の所轄税務署長に提出します(No.2888)。届出書は所得の種類で様式が分かれ、配当は様式1(上場株式等の配当等は特例届出書の様式1-2)、利子は様式2、使用料は様式3、短期滞在者の給与などは様式7、退職年金・公的年金等は様式9です(国税庁「A3 源泉所得税(租税条約等)関係」)。
米国などの「特典条項」がある条約では、届出書に「特典条項に関する付表(様式17)」と、相手国の税務当局が発行した居住者証明書を付けます。居住者証明書は原本を添付するか支払者に提示し、提示する場合は提示の日前1年以内に作成されたものに限られます(No.2888)。条約の限度税率が国内法の税率以下になる場合は、復興特別所得税(令和9年分以後は防衛特別所得税と復興特別所得税)は源泉徴収されません(No.2884)。届出書の内容に変更があったときは、変更後最初に支払を受ける日の前日までに改めて届け出ます。
- 届出書を出し忘れた場合:支払の際は国内法の税率で源泉徴収されます。後から届出書とともに「租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書(様式11)」を支払者経由で提出すれば、条約の税率との差額の還付を請求できます(No.2888、No.2889)
- 還付金は原則として本人に支払われ、代理人が受け取るには委任状とその翻訳文が必要です。期限後納付に伴う加算税などの附帯税は還付されません(No.2889)
- 届出書等は、一定の要件のもとで書面に代えて支払者に電磁的方法で提供することもできます(No.2888)
居住者証明書:日本の税務署で取る場合と移住先で取る場合
居住者証明書は、ある国の税法上の居住者であることを税務当局が証明する書類です。どちらの国の証明書が必要かは、どちらの国で条約の特典を受けるかで決まります。日本で源泉徴収される所得について条約の軽減を受ける非居住者は、移住先の税務当局が発行した証明書を用意します。たとえば米国に住んで日本の老齢年金を受ける人について、日本年金機構は、様式9と「特典条項に関する付表(様式17-米)」に加えて、米国歳入庁(IRS)が発行する居住者証明書(Form 6166)の提出を案内しています。
反対に、日本の居住者が外国で条約の特典(外国での源泉徴収の軽減など)を受けるために日本の居住者証明書が必要になったときは、所轄の税務署(管理運営部門)に、居住者証明書2部と交付請求書を郵送または窓口で提出して請求します(国税庁タックスアンサーNo.9210)。提出先の国が様式を定めていればその様式を使い、定めがなければ国税庁の様式(租税条約等締結国用、または条約を結んでいない国への付加価値税還付などのための「その他用」)を使います。
国税庁によると、発行には日数がかかることがあり、収入金額や税額、提出先国に恒久的施設を持たないこと、証明書の有効期限などを証明事項に含む様式では発行できない場合があります。インドネシアやイタリアに提出する証明書で将来の期間を含む場合は、本人の宣誓書が必要です(No.9210)。日本の居住者証明書は日本の居住者であることを証明するものなので、出国前の期間について必要になりそうなものは、出国前に税務署に相談しておくと安心です。
双方居住者になったとき:振分け規定(タイブレーカー)と相互協議
日本の基準でも移住先の基準でも居住者と判定されると「双方居住者」となり、両国で全世界所得に課税される可能性があります。日本とその国の間に租税条約があれば、条約の規定に従っていずれの国の居住者かを判定し、必要に応じて両国当局による相互協議が行われます(国税庁タックスアンサーNo.2012)。国税庁は条約の一例として、恒久的住居の場所、利害関係の中心がある場所、常用の住居の場所、国籍の順に判定する方法を挙げています(No.2875)。なお、滞在日数だけで決まるわけではありません(No.2012)。条約で相手国の居住者とみなされた人は、日本の所得税法と住民税(条約の適用を受ける部分)の適用上、日本に住所も居所もない人、つまり非居住者とみなされます(租税条約等実施特例法6条)。この場合は日本では国内源泉所得だけが課税対象になります。
振分けの結論が両国で食い違うときや、条約の規定に合わない課税を受けたときは、国税庁長官官房国際業務課相互協議室に「相互協議申立書」を提出して相互協議を求めることができます(国税庁「H6-1 相互協議の申立手続」)。国税庁のQ&Aによると、OECDモデル租税条約は条約に適合しない課税の最初の通知の日から3年以内の申立てを定め、日本の多くの条約も同様ですが、期間は条約ごとに確認が必要です。申立てと事前相談に手数料はかからず、外国語の資料には日本語訳を付けます。国内の不服申立てとは別に申し立てられ、期間は事案によりますが、国税庁はOECDの勧告に沿って、平均24か月以内の解決を目標に相互協議を実施しているとしています。
日本と租税条約がない国に住む場合
移住先と日本の間に租税条約がなければ、日本で源泉徴収される所得には国内法の税率がそのまま適用され、届出書による軽減は使えません。財務省の「我が国の租税条約等の一覧」(2026年6月26日現在)には、たとえばカンボジア、モンゴル、ミャンマー、ネパールは載っていません。ラオスとは2025年6月に締結交渉の開始が発表された段階です(財務省)。二重課税をどう調整するかは移住先の国内法(外国で払った税の控除制度があるかなど)次第になり、条約に基づく相互協議も使えません。
パナマ、ケイマン諸島、バハマ、マカオなどとは、情報交換を主な内容とする協定しかなく、二重課税の除去を主な内容とする租税条約とは別物です(財務省)。国税庁の源泉徴収のあらましの限度税率表でも、これらは「規定なし」とされています。また、税務行政執行共助条約は日本と二国間条約がない64か国・地域にも適用されていますが、情報交換や徴収の相互支援のための条約です。台湾とは民間の取決めと外国居住者等所得相互免除法によって租税条約に相当する枠組みがあり、届出書も別の様式です(国税庁)。
条約の改正・新規締結も続いています。フィリピンとの新租税条約は2026年5月28日に署名されましたが、国会承認などを経て発効した年の翌年1月1日以後に適用される予定で、適用開始日は未定です。キルギスとの新租税協定は2026年7月26日に発効し、源泉徴収される租税は2027年1月1日以後に支払われる額から適用されます(財務省)。
所得ごとの例:配当・利子・不動産所得・給与・年金
国税庁の「源泉徴収のあらまし(令和8年版)」の限度税率表と国内源泉所得の解説から、移住した人に多い所得の扱いを整理します。限度税率は日本側の税率で、表は概要のため、実際の適用は各条約の条文で確認してください。日本の居住者のままで外国から受け取る同種の所得に外国の税がかかった場合は、前述の外国税額控除で調整します。
- 配当:非居住者が受ける日本株の配当は国内法で15.315%(上場株式等)または20.42%。限度税率は、米国が10%(親子会社間は5%または免税)、マレーシアが15%(同5%)、オーストラリアが10%(同5%または免税)など、条約で異なります
- 利子:日本の銀行預金の利子は国内法で15.315%の源泉分離課税。限度税率は米国・英国が原則免税、カナダ・マレーシアが10%など。タイとの条約の限度税率は25%で国内法より高いため、国内法の税率が適用されます(限度税率が国内法以下の場合にだけ軽減されます)
- 不動産所得:日本の不動産の賃料は、借主が自己または親族の居住用に借りる個人である場合を除き20.42%で源泉徴収され、そのうえで確定申告(総合課税)の対象です。国税庁は、条約では不動産の所在地国にも課税権を認めるのが一般的と説明しており、日本での課税は残ります。移住先でも課税されれば、移住先の制度で二重課税を調整します
- 給与:国内で行う勤務に基づく給与が日本の国内源泉所得で、国外での勤務に対する給与は原則として対象外です。多くの条約は短期滞在者の給与を勤務地国で免税とし、日本で受ける場合は様式7の届出書を出します。日本の居住者が国外勤務で外国の税を払った場合、その給与は国外源泉所得として外国税額控除の対象になります
- 年金:非居住者に支払う日本の公的年金等は、国内法では居住者だった期間に関係なく全額が国内源泉所得で、控除額を差し引いた残りに20.42%です。日本の条約のほとんどは退職年金を居住地国だけで課税するとしており、様式9の届出書で日本の所得税が免除されます。ただし日独租税協定のように源泉地国でも課税できる条約や、政府職員の退職年金を支払国で課税する規定もあります。日本年金機構は、条約があっても年金条項がない等で適用にならない国・地域として、カナダ、タイ、スウェーデン、マカオ、米国のプエルトリコ・グアムなどを挙げています
よくある質問
Q. 外国で払った税金は、全額を日本の税金から差し引けますか?
A. 全額とは限りません。差し引けるのは控除限度額(その年の所得税額のうち国外所得に対応する部分)までで、超えた分は3年間繰り越して、限度額に余裕がある年に使えます。条約で認められる税率を超えて外国で課された部分や、非居住者だった期間の所得に課された外国税、NISA口座の配当に課された外国税は対象外です(国税庁タックスアンサーNo.1240)。
Q. 租税条約の届出書を出す前に配当や年金が支払われ、国内法の税率で源泉徴収されました。取り戻せますか?
A. 後から「租税条約に関する届出書」と「租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書(様式11)」を支払者経由で支払者の所轄税務署に提出すれば、条約の税率との差額の還付を請求できます。次回以降の支払で軽減を受けるためにも、早めに届出書を出してください(No.2888、No.2889)。
Q. 居住者証明書はどこで取ればよいですか?
A. 日本で源泉徴収される所得に条約を使う非居住者は、移住先の税務当局が発行するものが必要です(米国ならIRSのForm 6166など)。日本の居住者が外国で条約の特典を受けるときは、所轄の税務署の管理運営部門に交付請求書と証明書2部を提出して日本の居住者証明書を請求します(No.9210)。
Q. 日本と租税条約がない国に移住したら、二重課税は避けられませんか?
A. 日本での源泉徴収は国内法の税率のままで、条約による軽減や相互協議は使えません。移住先に外国で払った税の控除制度があるかどうかで負担が変わるため、移住先の税務当局の情報を確認してください。日本の居住者のままであれば、日本の外国税額控除は条約の有無に関係なく使えます。
Q. 日本の公的年金を海外で受け取ると、日本でも所得税がかかりますか?
A. 国内法では、控除額を差し引いた残りに20.42%が源泉徴収されます。移住先との条約に年金を居住地国だけで課税する規定があれば、日本年金機構経由で様式9の届出書を出すことで日本の所得税が免除されます。ただしカナダやタイなど、条約があっても対象にならない国もあります(日本年金機構)。
出典
本ページは一般的な情報提供を目的としたもので、税務・法務の助言ではありません。個別の状況については税理士・税務署・年金事務所・市区町村などに確認してください。